蕎麦粒山


2024年1月8日(月)
奥多摩の蕎麦粒山に登ってきました。
今回のコースで登った一番高いピークは蕎麦粒山ですが、今回の目的は奥多摩側から仙元峠を越えて秩父側に降りることだったので、蕎麦粒山はそのついでに登った感じです。

去年、奥秩父主脈を縦走したときに、雁坂峠を越える登山道がかつての国道140号だったということを知りましたが、それが平成10年に雁坂トンネルが開通するまでの話だったということを知り、思っていたより大分最近のことだったので、とても驚きました。

僕の仲間のまっさんは奥秩父の峠が大好きなので、まっさんから十文字峠の話はよく聞いていて、十文字峠も昔は多くの人が行き交う峠だったと聞いてましたが、なんとなく、そういうのはもっと遥か昔の江戸時代ぐらいのことだと思っていました。

それから、僕も少し峠のことや旧街道のことを調べたりして、大菩薩峠が明治11年までは青梅街道の最大の難所だったこと、甲州街道では小仏峠が明治21年、笹子峠は昭和13年までは峠道を歩いて越えなければいけない難所だったことを知り、時代劇で見たような「峠を越えて隣国へ行く」ということが、実はすごく身近なところで当たり前のように行われていたということに気付き、せっかくだから自分でもそういう歴史ある峠道を歩いて、反対側の集落へ降りてみようと思い至ったのです。

僕のホームの山域はやっぱり一番たくさん通っている奥多摩なので、奥多摩から出発して別の地域に行ける峠を探したところ、日原から仙元峠を越えて秩父の浦山という集落へ行けるようなので、その道を歩いてみることにしました。

というわけで、川乗橋のバス停で降りて、バス停から少し歩いたところの左側から鳥屋戸尾根を登っていきます。



出発から1時間半ぐらいで笙ノ岩山に到着。
この頃はトレランスタイルで山に登ることが多かったですが、今回は歴史を感じながら峠道を歩くのが目的なので、久々にちゃんと登山の服装で、平坦なところでも走らずにのんびり周りの景色を見ながら歩きます。

雪は全くないですが、この日は冬型の気圧配置で西からの冷たい風が吹きつけて、左側がとても寒いです。



笙ノ岩山を過ぎた辺りから、西側の展望が良くなってきます。
奥に見える稜線上に、3つのピークが連なった特徴的な山が見えました。
おそらくあれが三ツドッケに違いありません。

さすがは三ツドッケという名前が付くだけあって、見事に3つ並んでいるなぁと思いましたが、後で調べたところ、三ツドッケというのは秩父側で使われる呼称で、奥多摩側では天目山と呼ばれるそうです。



出発から2時間半で蕎麦粒山に到着。
蕎麦粒山の山頂には前にも一度来てますが、前に来たときは深夜だったので、明るいときに来るのは今回が初めて。

東側の展望が開けていて、海の向こうの房総半島まで見えました。
こうして見ると関東平野の広大さには驚かされます。
山頂でトレイルランナーのお爺さんが休憩していて、お爺さんがここから見える景色を色々説明してくれました。
そのお爺さんはこの写真で見えている縦走路をずっと走ってきたようで、この後は天祖山尾根を下って奥多摩駅まで走ると言って去っていきました。
うちの山岳会のどの爺さんよりも年上の爺さんに見えましたが、すごい爺さんもいるものです。



そして今日の本当の目的地の仙元峠に到着。
普通は峠というものは尾根上の鞍部にありますが、仙元峠はピークにあります。
仙元峠の「仙元」は「浅間」で、富士講の人達が秩父側から登ってくると、この場所で初めて富士山を拝むことができたそうです。

その話は事前に調べて知っていたので、この場所から富士山が綺麗に見えることを期待していましたが、南側に木が多くて富士山が全然見えませんでした。



仕方なく仙元峠から少し下って、木々の隙間から富士山が見えるところを探しました。
まぁまぁよく見えますが、できればもうちょっとすっきり見えてほしいです。

ちなみに氷川と日原を結ぶ道は、今ではバスも通っている立派な道ですが、江戸時代末期までは牛馬は通れないような悪路だったそうで、日原の人達は生活の為の物資を秩父との交易に頼るしかなく、秩父と盛んに交易を行っていたようです。
今では一杯水避難小屋があるところにかつては荷渡し場があり、大菩薩峠で行われていたような無言交易が行われていたそうです。



いよいよ仙元尾根を降って秩父の浦山へと向かいます。
かつてこの峠を越えていった人達も、反対側から登ってきて、風習や方言の異なる外の世界へと降り立っていったわけで、僕も同じように峠を越えながら当時の人々に思いを馳せると、まるで旅人になったようで気分が高揚します。



道が荒れているのか、落ち葉が多すぎるせいで道が不鮮明なのか分かりませんが、ところどころ道が見えません。
とりあえず尾根を忠実に降りて行きましたが、途中で尾根があまりにも急峻で降りられなくなったりして、結構行ったり来たりしながら、微かな道の跡を探して歩きました。



途中の広河原分岐の辺りはいくつか踏み跡があってとても分かりづらいです。
ピンクテープがたくさん付いているので、ピンクテープを辿って行きますが、もしテープがなかったらこっちには行かないだろうなというぐらい荒れた道でした。



途中で鉄塔が出てきて、その辺りからは道が明瞭で歩きやすくなってきます。
昨夜雪が降ったのか、苔や枯れ葉の上に少しだけ雪がありました。



最後の鉄塔の手前から右に降りていくと、木々の隙間から浦山の集落が見えてきました。
何となく人里が近い雰囲気は感じてましたが、実際に民家の屋根が見えてくるとすごく安心します。



12時40分ぐらいに浦山大日堂に着きましたが、次のバスが来るまで1時間以上あったので、小一時間ほど歩いて、浦山ダムの手前の道明というバス停でちょうどバスが来たので、そこからバスに乗って帰りました。

今回、初めて峠を越えて反対側の集落に行くということをやってみましたが、色々と感じるものがあってなかなか良かったです。
日原と浦山の集落の歴史についても事前に調べたりしたので、とても勉強になりました。


今回のルート


7:49 川乗橋バス停
↓ 1時間23分
9:12~9:18 笙ノ岩山
↓ 42分
10:00 長尾山
↓ 25分
10:25~10:39 蕎麦粒山
↓ 10分
10:49~10:54 仙元峠
↓ 1時間49分
12:43 浦山大日堂
↓ 1時間18分
14:01 道明バス停
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