黄蓮谷右俣


2022年12月12日(月)~14日(水)
2か月ぐらい前に、MATSUから「黄蓮谷に行きませんか?」と誘われたとき、憧れのルートに誘ってもらえた喜びと、自分の能力で行っていいものかという漠然とした不安が入り交じり、すぐには返答できずにしばらく悩みました。
黄蓮谷右俣と言えば、甲斐駒ヶ岳の頂上へと突き上げる続く長大な黄蓮谷の右俣を、連続する氷瀑を次々と登りながら頂上を目指すという、日本のアルパイン・アイスルートの代表的な存在です。
しばらく考えた後、やはり行きたい気持ちが勝り、OKの返事のした瞬間から、体力トレーニングの日々が始まりました。

休日は近所の河原や里山を走り、仕事の日はジムでバイクを漕ぎ、どうしても時間がないときは、4分間で心肺機能が鍛えられるというタバタ式トレーニングをやり、鍋割山での歩荷トレーニングもやりました。
これまでに行ったアルパインのルートでは、いつも仲間たちのペースについていけずに辛い思いをしてきたので、せめてその差を少しでも埋めたいと思い、本番のこの日が来るのを指折り数えながら、トレーニングに励んできました。

一週間前には裏同心ルンゼに行って足慣らしも済ませて、ついに迎えた本番当日。
まずは五合目まで普通に黒戸尾根を登りますが、全く雪がなくて、本当にこれからアイスクライミングができるのか、若干不安になります。

ちなみに黄蓮谷右俣は、五合目をベースにして2泊3日か、全装を担いで1泊2日で行くケースが多いですが、今回は全装を担いで沢に入り、沢の中で泊まって2日目に山頂まで登ってそのまま下山する計画です。



雪はほとんどありませんが、霜柱が凄く発達していて、なんとなく氷瀑も発達していそうな気持ちにさせてくれます。

登っている途中で、昨日黄蓮谷右俣を登ったいくつかのパーティとすれ違ったので、状況を聞いたところ、坊主の滝からしっかり凍っているという話を聞けて、期待感が高まります。



五合目小屋跡からギアを装着し、黄蓮谷へと下降します。
今回の行程の中で、この下降の部分がいくら調べても詳しいことが分からず、スムーズに下降できるか不安でしたが、五合目小屋跡の奥の方へと続く踏み跡があったので、その踏み跡を辿って下降していき、五丈ノ沢の右岸側をずっと降りていく感じで降りていきました。



雪もなく踏み跡が明瞭なので、踏み跡を辿って降りていくと、トポにも書いてある岩小屋が出てきました。
高さがあってかなり快適そうな岩小屋です。



岩小屋を過ぎてしばらく歩くと、エメラルドグリーンの釜を持った滝が出てきて、無事に本谷と合流。
下降を始めてから1時間10分で沢床まで降りれて、まずまず順調なスタートを切ることができました。

ここで左岸側に渡ってトラバースしていきますが、このトラバースが結構怖いです。
左岸に飛び移ろうとして一度失敗し、腰を強か打ち付けてしまいました。



河原を少し歩くと、すぐに大きな坊主の滝が見えてきます。



この滝は2ピッチで登ります。
MATSUから、どっちを登りたいかと聞かれて、滝をじっくり観察し、出だしのところの氷が薄くて怖そうなので、よりリスクの高そうな1ピッチ目をMATSUにお願いすることにしました。

MATSUが1ピッチ目の登攀を終えて、僕もフォローで登り始めましたが、近くで見てみると思ったよりも氷は厚く、アックスもよく効いて登りやすく、2ピッチ目の僕のリードも問題なく登れました。
この坊主の滝が、黄蓮谷右俣の技術的な核心部だそうで、ここが登れればこの先も大体大丈夫だそうです。
心配していたアプローチの下降も上手くいったし、坊主の滝も思っていたより簡単に登れて、だいぶ楽勝ムードが漂ってきました。



坊主の滝の次の15mの滝。
ここはMATSUがリードで登って、そのままコンテで二俣へと進みます。



二俣に到着。
左から流れてきているのが黄蓮谷の左俣です。
二俣も幕営適地だそうなので、ここで幕営することも考えていましたが、この時点で時刻は12時50分。
翌日の天気予報があまり良くないので、今日のうちにこの先の奥千丈の滝まで登ることにします。



奥千丈の滝の始まり。
最初の部分はMATSUにリードで登ってもらって、その後は傾斜が緩くなるので、ランニングにタイブロックをセットしてコンテで登ります。



まさに氷の回廊と呼ぶに相応しい綺麗なナメが続きます。



途中からロープを外してフリーソロで登攀。
ずっと前爪を蹴り込んで登るとふくらはぎが疲れるので、平らなところはフラットフッティングで立ったりしますが、たまにズズッと滑ってヒヤリハット的なときがあります。

ちなみに今回僕が持ってきたアックスは、この夏に剱岳に散った仲間が使っていたアックス。
アイスクライミングが大好きだった彼女は、いつか黄蓮谷右俣に行きたいと言っていました。
彼女から受け継いだアックスを使ってこの綺麗な滝を登ることができて良かったです。



快適に登れるナメが延々と続いて楽しさしかありません。



ナメ滝がいつまでも続くので、だんだんふくらはぎが辛くなってきて、右の草付きっぽい方に逃げました。
やっと踵を下ろして休むことができましたが、気が付くとMATSUは左側の方を登っていて、沢の真ん中の部分には氷がないので合流できなくなってしまいました。



そのまましばらく登って行くと、沢は左奥の方へと続いていて、MATSUはそのまま真っすぐ登っていきました。
仕方ないので、僕はなるべく傾斜が緩くて氷が厚いところを選んで、思いっきり左にトラバースし、なんとか合流に成功。
ここもなかなかのヒヤリハットでした。
フリーソロは解放感があって楽しいですが、あんまり仲間と離れると大変なので注意が必要です。



ちょうど合流したところの標高2200m地点の辺りで、三ツ星ホテル級の岩小屋があったので、ここで幕営することにしました。
クロスオーバードームがぴったり収まるサイズで、目の前の沢で水も汲めて、携帯の電波もバッチリ、ギアラックまで完備している最高の岩小屋です。

雪を溶かして水を作る必要もないので、夜は特にやることもなく、フリーズドライの夕飯を済ませたら温かいコーヒーを飲みながらまったり過ごしました。
山に居るときに、その日のやることを全て終えた後に最後に飲むコーヒーが本当に美味しいです。
荷物の軽量化の為に、スティックコーヒーを2本しか持ってきませんでしたが、これだけはもっと余分に持って来ればよかったと思いました。

今回、寝袋をどれにするかすごく悩んだのですが、できるだけ軽量化するようにとMATSUに言われて、モンベルの3番の寝袋を持ってきました。
念のためにダウンパンツも持ってきてましたが、この日は気温もそれほど低くなく、ウレタンマットに3番のシュラフとダウンシューズで快適に眠れました。



2日目は4時に起床。
夜から雪が降っていて、テントの入り口には10cmほどの雪が積もっていました。
6時にまだ暗いうちからヘッデンを点けて出発。
すぐに滝の登攀になりますが、雪が積もっていることもあり、暗いこともあって、昨日までの滝とは雰囲気が大分違います。
雪の下に氷があるので、とても登り辛いです。



ここなんかも雪の斜面にしか見えませんが、実際は雪の下に氷瀑があり、きちんとアックスとアイゼンを使っていかないと登れません。
雪の下が岩なのか氷なのかもよく分からないので、とても神経を使います。

滝以外のところも、フカフカの新雪に覆われていて歩き辛い。
しかも1日目の疲労があまり回復していない感じで、2日目は歩き始めから脚が重くてすぐに息が切れるような状態になってしまい、先頭でラッセルするMATSUに全然追いつくことができません。

どんどんMATSUとの距離が空いてしまうので、定期的にMATSUに止まってもらって、僕が追いつくのを待ってもらってから登るような感じになりました。
途中から共同装備を全てMATSUに持ってもらいましたが、それでもMATSUのスピードに全然追いつけません。
こうならないように、事前に体力トレーニングに励んだつもりでしたが、無念極まりないです。



出発してからも雪はずっと降り続いていて、登るにつれて雪の量が多くなっていきます。
雪面のあちこちにクラックがあり、非常に怖いです。



奥の二俣を左へ進む。



最後の氷瀑となる奥ノ滝。
傾斜は緩めですが、見るからに氷が薄く、しかも真ん中から上は雪が積もっていて氷の状態が全く分かりません。



さすがにこんな滝を登るのは危ないのではないかと思いましたが、「真ん中辺りは氷も厚いし、ふくらんでるところにスクリュー打てそうです!」とMATSUが果敢にリードで登攀し、見事に登り切りました。

僕もフォローで登って、下部の氷が見えているところは普通に登れましたが、問題は上部の雪が積もっているゾーン。
例によって雪の下が氷なのか岩なのかも全く分かりませんが、登るためにはとにかく叩くしかありません。
MATSUはよくこんなところをリードで登ってくれたものだと感嘆しながら登りました。
雪の下には一応氷がありますが、氷が薄く、打ち込んだピックの状態も全く目視出来ず、1回ピックが外れてガチでフォールしました。

奥ノ滝が最後の滝だと思ってましたが、奥ノ滝を登り終えると、そのすぐ後にも滝がありました。
後になって調べて知りましたが、奥ノ滝は2段になっているみたいで、奥にあったのが2段目みたいです。

MATSUはここまでの登攀でピックの先が大分丸くなってきてしまったみたいなので、最後の滝は僕がリードで登ることにしました。
僕はもう疲れてヘロヘロな状態で、1ピッチ目でも1度フォールしていたので、正直言ってあまり自信はありませんでした。
しかしMATSUも奥ノ滝の1ピッチ目の難しい登攀を終えたばかりで消耗していて、ここはきちんとリードを交代して僕が頑張らないと、何か僕にとって大切なものを失ってしまうような気がしたのです。

下部は問題なく登れましたが、この滝もやはり恐ろしいのは上部でした。
下部に比べれば傾斜は緩くなるものの、それでも結構立っているので、しっかりアックスを打ち込んで三点支持でいかないといけません。
そして雪が積もっているので、氷の形状は見えないし、氷はかなり薄い。
もちろんスクリューなんて打てるところはありません。
上の方に灌木が見えたので、その灌木を目掛けて登りますが、結構遠くて、灌木が近くなってくると超絶ランナウト状態。
最後の方まで相変わらず氷は薄く、それでいてアックスもアイゼンの前爪も刺さっているのか見えないので、打ち込んだときに腕に伝わってくる感触だけを頼りに少しずつ登っていきます。
ふくらはぎはもうとっくに限界を迎えていましたが休むことはできず、もしふくらはぎが本当の限界を迎えてしまった時は、落ちるしかないんだなと考えながら、歯を食いしばってなんとか灌木のところまで到着。
正直死ぬかと思いました。
しかしここに至るまでにMATSUに引き受けてもらったリスクの量を考えたら、そんなことを言える立場ではありません。



最後の滝を登り終えると、沢が広くなってきて、雪の量も多くなってきました。
風も強くなってきて完全に吹雪の中、黙々とラッセルしながら高度を上げていきましたが、雪面にクラックがいくつも出てきて、雪崩リスクが高すぎる状態になってきました。
当初の予定ではこのまま沢を詰めて山頂直下まで行く予定でしたが、天候が悪すぎるのと、沢筋にいると雪崩が怖いので、左の斜面を登って登山道に上がることにしました。



そこからは猛烈なラッセルをしながら急登をひたすら登ります。(僕はずっとセカンドですが)
斜面を登っている途中でも雪崩の発生跡があり、いつ雪崩が起きてもおかしくない状況でした。
ここでも僕はスピードが出ず、MATSUが大分先を登っていくので、その後を僕がひたすら追いかける展開。
一箇所難しい岩の乗っ越しがあったので、そこはお助けロープを出してもらいましたが、実はその前の急な草付きの部分で、一度滑落して、3メートルぐらい滑り落ちたところで灌木に引っかかって止まりました。



無事に登山道に出たところで、高度計を見ると2940mの表示で、すぐそこが山頂のようでしたが、僕の疲労が酷いのと、吹雪で視界も悪くて本当にすぐそこが山頂なのかも分からないので、山頂は踏まずに下山することにしました。

この登山道に上がるまでの登りで僕は大汗をかいてしまい、その状態で吹雪を受けて、僕の体温はみるみる低下。
空腹もあって脚に力が入らなくなり、ここまでよりも一段と遅いペースでしか歩けなくなってしまいました。

前に一度歩いている黒戸尾根の下りも、積もったばかりの新雪だとすごく難しく感じました。
そうして下りでもMATSUからかなり遅れながら、フラフラの状態で七丈小屋に到着。

七丈小屋の前で休憩をしてお湯を飲みましたが、酷い吐き気がして全て吐いてしまいました。
寒気もするし、どうやら相当体調が悪いようなので、僕はここでMATSUとお別れして七丈小屋に泊まることにしました。
こんなこともあろうかと、仕事は3日間休みをとっておいてよかったです。



小屋の人に話しかけたら、第一声が「顔色悪いですね」だったので、多分傍から見ても相当様子がおかしかったんだと思います。

具合が悪いので宿泊したいと伝えたら、湯たんぽや毛布やカイロを用意してくれたので、とりあえず身体が温まるまでじっとしていました。
その間も何度か嘔吐しましたが、吐き気が収まってから、ポカリをお湯で薄めて飲むようにと小屋の人がポットとポカリを用意してくれたので、時間をかけてポカリを飲み、体調が回復するまでしばらく横になって休みました。
少し休んだら気分も良くなってきて、小屋の人からも唇が紫色じゃなくなったと言われました。

夕飯は小屋の人がお粥を作ってくれました。
食べられそうなら野菜スープも出せると言ってくれたので、野菜スープも頂きました。
1杯目のスープの具材はキャベツとニンジンだけでしたが、お代わりをもらったら2杯目にはウインナーやジャガイモもたくさん入っていて、細やかな心配りが胸に沁みました。
さらにアミノバイタルゼリーもくれて、栄養補給はバッチリ。

食後にお茶を飲みながら、今日のことを振り返って、色々あったけど最高に楽しかったなと思いながらも、MATSUには本当に何度も迷惑をかけてしまったと思い、申し訳なさすぎて涙が止まりませんでした。
ちなみにMATSUが七丈小屋を出発したのは15時でしたが、19時前には下山の連絡がきました。
ただでさえフカフカの新雪で歩きにくい道で、しかも途中からヘッデン下山のはずなのにさすがの速さです。



七丈小屋の朝ごはん。
布団でぐっすり眠って体調は完全に回復し、食欲も戻って朝ごはんはお代わりして食べました。



お世話になった小屋の人たちに別れを告げて、日の出と共に下山開始。
この日の朝もまだ雪は降り続けていて、MATSUの足跡ももう消えてしまっています。



七丈小屋から五合目の間は結構岩っぽいところが多いので、新雪だとアイゼンの引っかかりが多くてすごく歩きにくいです。
昨日無理して帰ろうとしたら危なかったかもなぁと思いました。

途中に出てくる垂直の鎖場も、すっかり雪に埋まってしまっていて、すごく怖い感じです。



五合目小屋跡まで降りてきました。
驚いたことに、これから五丈ノ沢を下って黄蓮谷に入ろうとしている3人パーティが居ました。
敢えて言うほどのことでもないですが、とりあえず雪崩のリスクがすごく高い状況だということだけ伝えて、「頑張って下さい」と言ってその場を去りました。



ちなみにこの写真は2日前に五合目小屋跡で撮った写真ですが、同じ場所とは思えないぐらい景色が変わってます。



この日も天気が悪くて、下山中もまぁまぁの吹雪でしたが、出発から5時間ほどで下山できて、なんとか夕方には家に帰ることができました。

今までの山行の中では、2019年1月の旭岳東稜が最も過酷な思い出でしたが、今回の黄蓮谷右俣はあのときの過酷さを越えて、見事ナイスマウンテンズ史上最も過酷な山行の第一位にランクインしました。
ちなみに三位は2017年12月の赤岳主稜です。

3つの山行に共通することは、自分だけペースが遅れていて、追いつこうとして必死になり、何も食べずに行動しているというところです。
ちゃんとシェルのポケットに行動食を入れておかなきゃダメだって、これまで何度も学んだはずなのに、今回はポケットに入れておいた行動食を1日目の余裕があるときに全て食べ終えてしまい、2日目にはポケットは空っぽでザックを下ろさないと行動食が食べられない状態になってしまってました。
今度からはポケットの行動食を摂るタイミングもちゃんと考えるようにしますが、やっぱりまずはもっと体力をつけないとダメだと感じました。
そう感じるのはこれで何度目か分からないぐらいですが、今度こそ鍛えなおして、ちゃんと仲間についていけるよう頑張りたいと思います。

ちなみに今回の右俣についてはMATSUも記録を書いています。 MATSUの視点から見た記録だとまた違った感じでおもしろいです。


そしてさらにMATSUが動画を作ってくれました。
何でもできる優秀な仲間を持って僕は幸せです。


今回のルート


1日目
5:30 尾白川渓谷駐車場
↓ 1時間44分
9:22~9:38 五合目小屋跡
↓ 1時間39分
11:17 坊主の滝
↓ 1時間33分
12:50 二俣
↓ 54分
13:44 奥千丈の滝
↓ 1時間16分
15:00 2200mの幕営地点

2日目
6:00 2200mの幕営地点
↓ 2時間48分
8:48 奥ノ滝
↓ 2時間17分
11:05頃 遡行終了し左の斜面を登り始める
↓ 1時間50分
12:55 登山道の2860m地点
↓ 1時間55分
14:50 七丈小屋

3日目
6:43 七丈小屋
↓ 5時間
11:43 尾白川渓谷駐車場
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