一ノ倉沢 烏帽子沢奥壁 南稜


2017年9月11日(月)
会山行で一ノ倉の南稜に行ってきました。

何年か前に「狼は帰らず―アルピニスト・森田勝の生と死」という小説を読んで、
その小説を読んで初めて、谷川岳の一ノ倉沢に多くのクライミングのルートがあることを知り、
いつか自分も一ノ倉沢の岩壁を登りたいと強く願っていました。

そのときはハイキングしかしていなかったので、
どうやったら一ノ倉沢のルートが登れるようになるのかも分からず、
とりあえず沢登りや岩登りの講習を受けてみたりしました。

しかし、講習を受け続けているだけでは一ノ倉には行けないと感じ、
仲間を求めて山岳会に入ったのが今年の5月でした。
それからたったの4ヵ月。こんなに早く一ノ倉に来ることができるとは思っていませんでした。

ロープウェイの駅の駐車場で前泊して、朝の6時前に出発。
今回は会の山行ですが、岩登り組と沢登り組で合計6つのパーティに分かれて、それぞれ別のルートを登ります。
僕のパーティは、ぼくりんリーダーと梅さんの3人。

上の写真は、出発から1時間ほど道路を歩いて一ノ倉沢出合まで来たところ。
ずっと思い焦がれていた一ノ倉沢の岩壁がようやく見えてきて、
未だかつてないほどの胸のときめきを感じました。



一ノ倉沢出合から河原に入り、途中から右岸を高巻いて樹林帯の踏み跡を辿ります。
樹林帯の途中の分岐を右に進んで河原に戻り、下降のときの目印の為に、樹林帯の入り口にケルンを作成。
そして渡渉して左岸に渡り、しばらく進んでいくとスノーブリッジが現れました。

ここで右岸に渡るのですが、スノーブリッジの上を歩いたら崩壊しそうな感じだったので、
スノーブリッジの右側を通ってから渡渉して、右岸のスノーブリッジの終端の辺りの壁を登りました。
フィックスロープがあったのでマッシャーをかけて登りましたが、ドロドロでなかなか難しいところでした。



ヒョングリの滝の懸垂下降ポイント。
雪渓がたくさん残っていて、ヒョングリの滝は見えませんでした。
下降後は雪渓の上を歩いて左岸へ渡り、テールリッジに取り付き。



雪渓を渡った後のトラバースが結構悪いです。



ここからはテールリッジをひたすら登っていきます。
正面に聳える衝立岩正面壁の存在感が凄いです。
衝立岩の左奥にうっすら見えているのが、僕らの目指す南稜です。

今回、初めて一ノ倉に行くにあたって、
テールリッジが結構危ないからアプローチシューズがあった方がよいと言われました。
結局お金に余裕がなくてアプローチシューズは買わず、
いつも沢登りのアプローチに使っているトレラン用のニューバランスの靴で来ましたが、
確かになかなか高度感があって、グレード的にもV級ぐらいはありそうな感じで、
この部分を皆ロープを使わないで登るのが普通というのに少し驚きました。



衝立岩正面壁の真ん前まで来ました。

あの森田勝が、若い頃すぐバテることから「ホキ勝」と呼ばれていたそうですが(ホキる=バテるという意味)、
この衝立岩正面壁を登ったときに、狂喜して「もうホキ勝とは呼ばせない!」と叫んだそうです。
僕も経験を積んで、いつか必ず登りたいと思います。



中央稜の取り付き。
僕らとは別パーティのヒロさんが1ピッチ目を登っています。

僕らの目指す南稜の取り付きはもっと奥なので、ここから左の方へトラバースしていきます。



中央カンテの取り付き。

いとしゅーパイセンと山さんのパーティは今回中央カンテを登っています。
11ピッチもある長いルートで、登り終えたら国境稜線まで出て歩いて降りてくるそうで、
僕らより大分早く午前4時前には出発していきました。



そして南稜の取り付き、南稜テラスに到着。
先に登っているパーティが居て、3ピッチ目辺りを登っているところでした。

今回は全て僕にリードさせてくれるということなので、張り切って登り始めます。
1ピッチ目はチムニーの手前で切って、2ピッチ目で序盤の核心のチムニー。
この部分はW級となっていたので、登る前はちょっと緊張しましたが、問題なく登れました。



1ピッチ目をリードする僕。



2ピッチ目のチムニーを登る僕。



3ピッチ目の終了点から下を見たところ。
長く伸びるテールリッジが、文字通り怪獣の尻尾のように見えます。
雪渓が大分上の方まで残っていますが、9月にこんなに雪渓が残っていることは珍しいそうです。
時折、爆発のような轟音と共に雪渓が崩れていました。

4ピッチ目はU級の草付きの歩き。
ここでちょうど先行パーティが下降してきたので、下降の通過待ち。
下降にかなり手間取っていたみたいで、40分ほど待ちました。
この間に雨が降ってきましたが、ポツポツした感じで降ったり止んだりだったので、とりあえずそのまま登攀を続行。

5ピッチ目はV級のフェイス。ハングを避けて左上していくと、右側に馬の背が見えてきます。
奥の方にいい感じの終了点が見えてきたので、そこまで登ろうとしましたが、
ロープが重くて登れなくなったので、少しクライムダウンしてピッチを切りました。
先月の龍王岳では、ビレイヤーの声が届かなくなるまで登ってしまってかなり困ったので、
今回は無理をせず早めにピッチを切るように心がけました。

6ピッチ目の出だしは、右からでも左からでも馬の背に上がれるそうですが、左の方がいいらしいので左から馬の背に上がる。
馬の背に出ると素晴らしい開放感で、ホールドも豊富で、とても気持ちよく登れます。
錆びたハーケンを固め打ちしてあるところがあったので、そこでピッチを切って確保支点を作ろうとしましたが、
ハーケンが奥まったところにあり、スリングがなかなか通せず、かなり時間がかかってしまいました。



ぼくりんさんと梅さんが6ピッチ目の終了点まで登ってきたところで、時刻は13時過ぎ。
これ以上進むと下山が大変になるということで、ここで敗退することになり、懸垂で下まで降ります。

1回目、2回目の懸垂は順調に降りられましたが、
3回目の懸垂で降りた後に、ロープが途中から引けなくなってしまいました。
登り返して懸垂しなおしてましたが、また引けなくなってしまったりして、下降が終わるまでにかなり時間がかかりました。

ロープが雨に濡れて摩擦が強くなったみたいで、ちょっと絡んだだけで引けなくなるような状態だったらしく、
最終的には、懸垂支点でスリングにロープをかけてたのを、カラビナを足して解決したそうです。



中央稜のパーティも、下降途中でロープが引けなくなったみたいで、登り返してました。

僕らが南稜の4ピッチ目を登っていたときに降りてきたパーティも、ロープが引けなくなって登り返していましたが、
懸垂下降というのは随分難しいものなんだなぁと改めて感じました。
最初に降りる人も最後に降りる人も、注意しなければならないことが多くて大変です。

結局、下降を始めてから取り付き近くに降りるまで3時間近くかかり、16時過ぎにようやく全員が降りられました。
既に薄暗くなり始めていて、その後は急いで下ったので、この後の写真はありません。

結構雨が降っていたので、レインウェアのパンツもはいて歩きましたが、
雨に濡れたテールリッジがツルツルで、ところどころロープを出して懸垂で降りました。

登りのときは乾いていたので僕のトレランシューズでも歩けましたが、
濡れた状態では僕の靴では全くフリクションが効かず、ぼくりんさんや梅さんがスタスタ歩いているところでも、
僕だけ屈んでズルズルと滑りながら下るのが本当に情けなかったです。
次に谷川に来るときまでに、必ずアプローチシューズを買おうと固く心に誓いました。



そんなこんなで、テールリッジを下っている間にすっかり暗くなってしまいましたが、
無事にテールリッジを下り、ヒョングリの滝のところの壁を登って、
18時半頃に問題のスノーブリッジのところまで来ました。

赤い線が往路で通ったルート。
下りも同じルートを通ろうとして、ぼくりんさんが懸垂で壁を下りましたが、
雨で増水していて渡渉できなくなっていました。

ここまではヒロさんのパーティとほとんど並んで歩いていましたが、
僕らが懸垂している間にヒロさんのパーティは先に行ってしまいました。

仕方なく僕らも雪渓の上を通過することにしましたが、スノーブリッジはとても人が通れるような厚さには見えず、
ここで進退窮まってしまいました。
ヒロさんのパーティはどうにかしてここを越えていきましたが、既に居なくなってしまっていたので、
どうやって越えていったのかは分かりません。

ビバークをしようかという話も出ましたが、翌日は雨がひどくなる予報ということもあり、
どうにかして進むことになり、一か八かでスノーブリッジを渡るしかないという話になりました。
僕はスノーブリッジのことはよく分かりませんが、素人目に見ても確実に無理そうに見えて、
失敗したら多分死ぬし、多分失敗するだろうと思いました。

しかし、帰る為にはスノーブリッジを渡るしかないというのも分かっていました。
最悪のことも考えて家族に電話しようと思いましたが、携帯は圏外。心の中でスマンと呟きました。

それからしばらくの間、ぼくりんさんと梅さんで、他に方法がないか話し合っていました。
一か所に集まると危ないので、僕は離れていましたが、かなり長い間の話し合いの結果、
右岸の方から雪渓を降りてみることになりました。(青い線のルート)

ぼくりんさんが肩がらみで確保して、最初に梅さんが降りました。
梅さんが無事に下まで降りれたので、次に僕が降りる番になりました。
「体重差があるから、全体重はかけないでくれ。」と言われ、僕が落ちたらぼくりんさんも引きずり込むと思い、
緊張のクライムダウンが始まります。

ツルツルの濡れた壁で、足元をヘッデンで照らしてスタンスを探しながらのクライムダウン。
壁に足をついて、雪渓に背中を押し付けてチムニー登攀のように下り、雪渓の下に出てからは、
雪渓をホールドとして使いました。
雪渓を長い間掴んでいると、指が冷えて感覚が鈍くなっていくのを感じましたが、離すわけにはいきません。
先に下に降りていた梅さんがスタンスの位置を教えてくれるので、
落ち着いている梅さんの声を聞いていると、僕もとても心が落ち着く感じがしました。
そうして、無事にテンションをかけることなく下まで降りました。
降っているときはどうだったのか分かりませんが、平らなところに立ってみたら、
生まれたての小鹿のように脚がガクガク震えていました。

そして最後に残ったぼくりんさんはフリーソロでクライムダウン。
バイルを使って足場を切り、リスにハーケンを打って、かなり時間がかかりましたが、見事に無事に降りてきました。

その後は、流れが浅くなっているところから渡渉して左岸に渡り、そのまま一ノ倉沢出合まで無事に行けました。
22時半にはロープウェイの駐車場に到着し、その後無事に帰宅。

今回は色々あって、南稜の終了点まで登ることはできませんでしたが、
これが本チャンのアルパインクライミングなんだっていうのを身に染みて知ることができた、
最高の一ノ倉沢デビューとなりました。
でも、次に来るときは天気の良いときに来たいものです。

ちなみに、結局ヒロさんのパーティは雪渓をどうやって通過したのかというのが気になっていましたが、
数日後にヒロさんのパーティの記録を見てみたら、普通に一人ずつスノーブリッジを渡ったということでした。


今回のルート

5:50 谷川岳ロープウェイ駐車場

6:50 一ノ倉沢出合

8:10 テールリッジの末端

9:30 南稜テラス

10:50 3ピッチ目終了点

13:20 6ピッチ目終了点

16:00頃 南稜テラスの下

18:00頃 テールリッジの末端

21:40 一ノ倉沢出合

22:30 谷川岳ロープウェイ駐車場